日本語の呪詛に見られる衆道の猟奇性とその実態

 

お は ば り す お う の ぶ さ だ

 

1.はじまりに

日本語というのは呪詛に従ってできております。呪詛とは何かとゆうと、文字には1文字1文字文字自体に意味がありまして、それは凡そ性に関わるものです。その決まったルールに倣い文字を組み合わせ「あ」「は」を呪うものです。

人間は大きく4種類に分類されます。「あ」、「は」、「お」、「ほ」の4種です。「お」「ほ」は私達どこにでもおる男と女です。そして「あ」「は」は極めて位が高く神聖な階層。言ってみたら神です。私はまだ会ったことがありません。「あ」は男の神、「は」は女の神です。日本語はこの神聖な階層に対しての冒涜、いわゆる「呪詛」を是として意図的に作られた言語と言えます。どのような冒涜が呪詛を隠れ蓑になされておるかというと、大体肛門性交です。「お」が「あ」の肛門を侵す行為を日常的に(多少気色悪いですが)暗号的な呪詛を利用し繰り返して念じておるのです。それ以外の呪詛は「あ」の性器の切断、「お」の「は」に対する集団レイプ、「あ」、「は」に対する侮辱です。そうした呪術がニッポンでは日常と化しておるのです。

 2.ニッポンの呪詛の真偽

 この発見とゆうか不思議の特徴に、みんなニッポンの呪詛を知っておるけれど、嘘を吐いたり惚けたりして執拗に真実を明らかにしない、隠そうとする。というのが上げられます。

 私の経験によりますと、確かにかなり少なくはなりますがニッポン呪詛が通じない普通の方もいらっしゃいます。しかしそうゆう方は1割にも満たないんじゃないかというのが正直な所であります。たとえるなら、周りの人間の9割がグレイで、誰に聞いても「グレイなんておる訳ないよ。」「病院行ったら。」などとグレイに言われるみたいなものです。大抵、ユウフォーにしろ幽霊にしろオカルトなものは大勢は真実を知っておらず、一部の秘密結社なり霊能力者だけが真相を把握しておるものですが、このニッポン呪詛については全くもって「あべこべ」。ほんの一部だけにとってオカルトで、あとの大勢は当たり前の様に日々呪い、ガンをかけておるのです。このあたり、たまらなく面倒な状況であり私達少数の真実を求めたい者達の枷となっておるのです。

ニッポン呪詛が通じさらに「あ」「は」を呪う者のことをこれから「痴呆性鬼畜詛生物」と呼びます。彼らは一見人間の姿をしておりますが、一般に言う人間は生まれながらにニッポン呪詛を理解しニッポン呪詛で巧みに新かな方々を呪うという性質を持っておりません。ニッポン呪詛が先天的に通用じ「あ」「は」を罵る存在は人間とは違う「よそもの」何か気色悪い集団だと認められるからです。また、ニッポン呪詛が先天的に通用じ「あ」「は」をうやまう方々は「はたもと」と定義します。

 1つ重要な事はニッポン呪詛は八鏡化美津文字に従いなされておるということです。このことが意味するのは、漢字の導入と共に多くの大和言葉が意図的に偽造されたということです。そして八鏡化美津文字は縦書きで表します。

                                         図1.八鏡化美津文字

ニッポン呪詛「る

痴呆性鬼畜詛生物(以降:チホキショ)の間では「る」の音は「消す」という意味を持っております。「おる」の音なら「おを消す」という意味に「ほる」という音なら「ほを消す」とゆう意味になります。「る」の前の1音を消すという呪詛です。チホキショはその意味を十二分に知りえたうえで、神聖な神「あ」「は」を異常なまでの残忍さで消そうともくろみます。
例えば、「どこか」→「アル所」、「誰か」→「アル人」、「何か」→「アル物」 「いくらか」→「アル程度」、「いつしか」→「アル日」、「みかたによれば」→「アル意味」、「または、もしくは、それか」→「アルイワ」などの造語、作文調の「〜でアル。」という新語、「〜おります。」は言うが、「おる」は「いる」になってしまう不思議。しかし「〜あります。」は微塵も躊躇せずにそのまま「アル」にしてしまいます。むしろ好戦的、意図的に多様します。商業に見られる呪詛として、「パルコ」「ハル研究所」「アルソック」「アルタ」「アルカ」「HAL(ハルと読ます)」「アルック」「ビューアルッテ」「三越アルコット」「小田急ハルク」等など挙げるときりがないです。「はるみ」というのもチホキショが好む呪詛です。「晴海通り」、最近じゃあ「江戸はるみ」が頑張っております。トータルというカタカナ英語もチホキショは好きです。この決まりを知っておれば、チホキショが「小文字のエム」をどうして「メートル」と読まず「メーター」と読むのか理解できる事でしょう。

ニッポン呪詛「ん」

チホキショの間だと「ん」の音は「横一文字の硬いもの」を意味します。「おん」の音は「お」を切る、「ごん」なら「ご」を切るという具合に「ん」の前の音を切るという呪詛です。そこでチホキショがどのように「ん」の呪詛で呪ってるかとゆうと、狂ったように「安心」「安全」を連呼したり、様々に呪います。一方で「健康」や「穏便」は禁句にしてます。「穏便」はもう聞くことも珍しくなりました。
「ん」の呪詛を店名にしておる会社で有名なところは「マルイ」「イセタン」やらです。「マルイ」は「る」の呪詛じゃないかと思うでしょう。あそこは二重呪詛です。神聖音「ま」を消すとともに、「マルイ」のシンボルマーク「○|○|」は八鏡化美津文字と見合わせたら分かりますが、あれはチホキショの間では「アンアン」と読みます。

ニッポン呪詛「ひ」

チホキショの間では「ひ」は鋭利な錐を意味します。「ひご」という言葉は「ご」の上に錐が乗っておることを表し、「秘蔵(ヒゾウ)」だと「ぞ」に錐が乗っておることを意味します。これは何かを突き刺す呪詛です。チホキショがどのようにこの「ひ」の呪詛で呪っておるかといいますと、よく使うのが「ヒカリ」という造語です。造語というのは、ただしくは「あかり」だからです。「あかり」は形容詞「あかるい」を持ちますが、「ヒカリ」は造語なので持ち合わせておりません。「あかり」→「ヒカリ」、「かがやいてる」→「ヒカッてる」、「あかるい」→「ヒカリがスゴイ」このような偽造が大体1千500年前なされたものとうかがえます。チホキショはネットで高速回線の名称で頻繁に「ヒカリ」を利用します。エイディーエスエルやらラン、などで満たされる通信用語で「ヒカリ」という大和言葉もどきをしょっちゅう掲げるのはそのためです。大和言葉もどきで「ひ」の呪詛のためにまたこれもチホキショが喜ぶ言葉に「ヒガシ」があげられます。これは、そう大和言葉「あずま」の「もどき」です。

ニッポン呪詛「ば」

「ば」はチホキショの間ではどんな呪詛として用いられておるかというと、大体「ん」と似た呪詛になります。「ん」が水平な線だったのに対し、「ば」はバッテン、「×」字の硬い物質という意味になります。「ドバ」という音なら、「ド」を×字に切る事をチホキショのルールでは意味します。また、「ん」と異なり、「ば」は単独でも「あ」が被害を受けるということを表す呪詛でもあります。そしたらチホキショが実際どのように、この「ば」を使って呪っておるのか見ていきます。

頻繁に使われるのが、「〜たら」の造語「〜レバ」です。
「それでしたら」→「そうであレバ」
「でしたら」→「であレバ」
「あったら」→「あレバ」
「よかったら」→「よかったら」(なぜか「よけレバ」にならない)
「多かったら」→「多かったら」(なぜか「おおけレバ」にならない)
あと固有名詞やらだと、「飯田橋(ばし)」、「高田馬場」、「秋葉原」、「新橋(ばし)」、「つくば」やらです。しかし「大橋」は「おおばし」と読まずに「オオハシ」としてしまいます。

東京は堀が多いのですが、そういう事情で「○○堀」という地名は「八丁堀」ぐらいしか命名されておりません。「スバラシイ」もこのところチホキショが何とかの一つ覚えみたいに連呼しますが、似た意味の「ほれぼれする」はなかなか耳にしません。「スバラシイ」は「あっぱれ」をチホキショがどうにか呪詛にしようともくろんで作った造語の可能性がありそうです。

ニッポン呪詛侮辱

 次に「ニッポン呪詛 侮辱」に話を進めて行きます。これは勿論チホキショ(痴呆性鬼畜詛生物)の、すごくめずらしく、やんごとなきみ柱(以降 すめら)に対するものです。
いままで紹介してきた呪詛は「すめら」を怪我さしたり呪い殺そうとしようとしたりするものでしたが「ニッポン呪詛 侮辱」はチホキショが「すめら」を罵ったり見下したり文字通り侮辱する行為です。いままで「すめら」は「あ」「は」を柱に据えて説明してきましたが正しくは、「あかさたなはまやらわ」全ての文字がみな「すめら」であります。

「ニッポン呪詛 侮辱」はそれらの音を用いて、悪い意味や後ろ向きな言葉ネガティブな表現を吠える行為であります。

チホキショのあいだで、かなり用いられておる侮辱用語、あたまから三位は、

最頻「シタ」2位「ギャク」3位「ハジ」があげられます。シタは大和言葉「しも」のもどきです。この大和言葉もどきでチホキショは精神を平和に保ちます。大体チホキショにとって都合の悪い大和言葉は「シタ」を用いて言い換えられます。
「そこ(底)」→「シタ」
「おとうと」→「シタ」
「おとっておる」→「シタ」
「よわい」→「シタ」
こんな具合ですね。「ギャク」はチホキショ自身のお列「おこそとの」にしたら「ギョク」になり、きわめてチホキショの虚栄心が満たされます。その乗りでできた会社が 「ジョモ」です。だからチホキショは「偉い」という言葉はめったに発しません。
「病気」「尿」などの言葉にもチホキショは異常に反応します。「ジャク(弱)」という古代中国読みもチホキショは大好きです。それは対義語が「キョウ(強)」と読まれておるからです。ただ、現代中国では「弱」は「るお」と読むらしいです。だからチホキショが「弱」を「よわい」とやまと読みすることは、絶対と言っていいぐらいありません。
  そんなチホキショですが、「ヒカリ」が好きだったみたいに好きなもどき言葉があります。それが「ナイ」です。これは「〜ぬ」のもどきですが、これはおそらくニッポン呪詛「ん」が由来です。エヌを禁忌ととらえておったと伺えます。そこから、フランス語否定「ヌ」英語否定「ノー」が生まれたのかも知らません。

「は」に対する侮辱も果てしもなく充実しております。それが3位にあげた「ハジ」です。これは「恥」とあてたり「端」にあてたりします。チホキショは「ほほを赤らめる」「ほほをそめる」や「〜っぽ」「空っぽ」「先っぽ」「しっぽ」といった表現をごまかすためにこうした言葉を生み出したのでしょう。「本(ホン)」という言葉もチホキショの間で花形のキショ単です。「ホン」をすめら系の音にしたら「反」「半」「犯」などチホキショのアドレナリンが活発に排出される漢語が続々と飛び出してくるからです。この場合、ニッポン呪詛「ん」は無視されるみたいです。しかし、チホキショの女性は「〜っぽい」という言い様に非常に神経過敏です。

このごろ「イヤ」「キライ」も流行しております。これは「うとむ」「いとう」のもどきと推察されます。彼らは「マイナス」というカタカナ英語も好きです。あと「赤字」も好きです。しかし「ノー」なんて口が裂けても口にしないですね。「ロス」や「損」「損害」「そこねる」「そびれる」やらもそうゆう事情でチホキショとの会話で耳にできないです。

・ニッポン呪詛 イラマチオ

チホキショの決まりだと「よ」の音は「お」が誰かに強制フェラさせるという意味になっております。チホキショがどのように脳内イラマチオにとり憑かれたみたいに夢中になっておるのか見て行きたいと思います。脳内イラマチオは「よ」の前にイラマチオさせたい対象の音をもってくることでイラマチオの相手を特定することができます。「ほよ」だと「ほ」にイラマチオする。「およ」だと「お」にイラマチオするという意味になります。相手を特定しないイラマチオ用語に「○○省」「○○庁」「部長」などすめらに対してイラマチオする意の言葉として、「〜かよ」「〜だよ」の語尾、「官僚」「課長」「会長」「環境」「残業」「きみがよ」などがあげられます。あと猟奇系呪詛との組み合わせで「年賀状」「幕僚」など。書式における様式で「〜たらいい」→「〜バヨイ」という気色の悪い言い換えも時々見かけます。「年賀状」は「ネンガ」の音が呪詛になっておりますが、これは「すめらを突き刺し切る」という意味を持つ呪詛です。その上でイラマチオしております。侮辱との合わせ技だと「与党」「野党」やらがあります。あとイラマチオを拒否する行為を侮辱する造語「ショボイ」だとか、すめら様のやすらぎを妨害する行為を意味する「やばい」の意味の置き換え、否定的な意味を肯定的な意味にしてしまおうとする野望も見受けられます。ビートたけしのTVタックルで朝鮮ピョンヤンの王キムジョンイル氏を「北の将軍さま」と呼んでおったのも意味の置き換え工作の一環といえます。

 ・ニッポン呪詛 肛門性交

 チホキショの特徴にほらばかり吹くというのがあげられます。これはチホキショがニッポン呪詛を知ってるくせに嘘ばかり吐くことからもご存知でしょう。チホキショは非呪詛(文字通りの意味)だとホモに嫌悪したり、男の肛門性交に不快感を示します。これは一般的に当然だといえます。しかし、実際はチホキショからすめらへの肛門性交をとったら何も残らないぐらいチホキショはすめら様への肛門性交に依存して生きておるのです。そしたらニッポン呪詛に見られる肛門性交の実態を明らかにすると共に、どれだけチホキショがさもしく脳内肛門レイプに励んでおるのか紐解いていきたいと思います。
ここでニッポン呪詛肛門性交を理解して頂く為に音に割り当てられた意味を説明いたします。ニッポン呪詛において「お」の音は亀頭を意味します。「よ」はイラマチオですね。「こ」「の」は陰茎です。「と」「ど」は男性器全体を意味します。「も」は睾丸、「ろ」は精子です。そして「さ」がすめらのおしり、「そ」は私ども男のおしり。あと「せ」は一字でちんこをねじ込むという意味を表します。「ざ」「ぞ」はハッキリとしておりませんが、大体「さ」「そ」と似た意味です。

ニッポン呪詛肛門性交は、「さ」の前に「お」や「よ」「こ」「と」「の」「ど」などの音を持ってきたり、「さ」の後に「の」「こ」「も」「そ」を、「せ」の後に「お・よ・こ・と・の・ど・も・ろ・そ」などを置く事で発動します。また「せ」の前の音で性交の相手を特定することができます。「おせ」だと「お」に挿入することになります。たださらに前の音があったら、さらに前の字のケツに「せ」の前の字をやり込むという意味になります。「おあせ」だと「せ」の前に「あ」がありますが、さらに前に「お」がありますので、これは「あ」が「お」をやっておるという意味になります。ニッポン呪詛肛門性交はさすがにニッポン呪詛の要だけあり、非常に文法が難解で多岐に富んでおります。はじめは、「さ」のまえに「お」や「よ」があったなら、男がすめらを犯す意味になるというのを覚えておればいいでしょう。「おさ」「よさ」で男がすめらを犯すという意味になります。

それでは日本の心「ニッポン呪詛肛門性交」がどのように私達の暮らしの中に溶け込んでおるか見ていきます。

ア)「おさ」系肛門性交

「おさ」系用語はチホキショが限りなく好みます。それは亀頭「お」が、すめらのおしり「さ」の奥までしっかり届いておる事を表しておるからです。「おさ」系用語には次のようなものがあります。「おさえる」「おさえこみ」「大崎」「オーザック」「シオサイト」(おさめる)(大阪)「大崎」「オーザック」は亀頭が二個もすめらのおしりに入っております。
(おさめる)(大阪)は天地反転、逆さまの可能性もありうるので、即肛門性交とは決められません。「逆さま」は何かとゆうと、普通ニッポン呪詛は「おのもそ」と音を成らしそれは「カリ・サオ・タマ・ケツ」という順序になります。「逆さま」は「そものお」とし「ケツ・タマ・サオ・カリ」という順序にすることです。天地反転系呪詛に「モザイクロオド」「いつもお世話になっております」などがあげられます。「モザイクロード」は「睾丸・すめらのおしり・陰茎・精子・亀頭・チンコ」という順序ですめらを犯しております。「いつもお世話になっております」は「おせわ」だと正順なら「お」がすめらに挿されることになります。そこで「いつも」を付け順序を反転させるのです。「いつも」をつけることで「玉・亀頭・性交・玉(「わ」はここだとすめらの玉の意)…」とし、「お」がすめらに挿す意に変えるのです。

イ)「よさ」系肛門性交

「よ」はイラマチオの意味でした。「よさ」と組むとすめらを犯してさらにイラマチオもしておるという事になります。そしたら、実例です。「餃子」「詳細」「調査」「共済」「よさこい」などですね。チホキショは大体「ギョオザ」「ショオサイ」などと読みます。できるだけ亀頭をケツに入れたいのです。

ウ)「ませ」系肛門性交

「ま」はすめらのタマを表します。「ませ」で正順ならすめらを犯す意味になります。これは「いらっしゃいませ」「〜だぜ」などです。チホキショのおるコンビニだと「いらっしゃいませ」の後「こんにちは・こんばんは」をつけることは期待できません。「〜ません」も「ませ」系肛門性交ですね。ただ「〜ませんので」になるとニッポン呪詛「ん」が有効になります。「さ・そ・せ」の後に「ん」が来ても、「さ・そ・せ」を切ることにはなりません。それは、「さ・そ・せ」はおしりですが、この時足は左右につき伸ばしたポーズという決まりになっており、「さ・そ・せ」の次に「ん」が来ても、足を横に伸ばした状態でケツが「ん」に乗ることを意味するからです。この時の「ん」は言ってみたら貞操帯です。

エ)「なにかしらのお列+さ」系肛門性交

「口座」「当座」「交際」「東西線」やらです。「東西線」がチホキショで異常に混雑のはすめらの脳内レイプができるからだったのです。あそこは「高田馬場」「飯田橋」「九段下」「大手町」「日本橋」「木場」「船橋」を通りもう、チホキショのためにできた様な電車です。

オ)「さ+おの陰茎(の、こ等)」系肛門性交

正順だと「さ」の次に「お」をもってきてもすめらを犯す意味にはなりません。せいぜいすめらのおしりに亀頭をあてがっておる意味です。しかし、「の」「こ」などの陰茎音を持ってきたら、亀頭はおしりの中に入っておるという設定になり、すめらを冒すことができるのです。「武蔵野」「武蔵小杉」「鷺宮(さぎのみや)」「最高」「最後」などですね。死んでも「麻布野」「麻布小杉」「麻布宮(あざぶのみや)」はできないのがニホン呪詛が真実だということを遠まわしに物語っております。

カ)「〜ございます」系肛門性交

「ありがとおございます」「おめでとおございます」「おはよおございます」「ございます」も気色悪い日本語です。ただ、「て」「で」はチンコに何かを突き刺すという呪詛で、「て」「で」のあとの音で誰が刺されたか判明します。そうゆうわけで、「〜でございます。」という言い方をチホキショは毛嫌いします。それに対抗するために用いられておる造語が「デカイ」です。

こうしたのが、ニッポン呪詛肛門性交の一通りのやり方です。やはり呪詛の中では随一を誇る充実ぶりです。一方ですめらがする側になる言葉はすずめの涙ぐらいしかありません。「愛想」「約束」「藍染」「なぞ」「あらそう」「かぞえる」「そなえる」「なぞる」「せわ」「制裁」「生産」「精算」ぐらいです。「愛想」は「愛嬌」で代用されますし、古来からの伝統「藍染」などめったに出てきません。「あらそう」はいい意味で使用する時は「競争」などに置き換えられ、大体使われるのは、悪い意味で「争いのない社会を」などです。
  しかし、ここがまたチホキショの卑怯で自己中でさもしい根性が垣間見れる所なのですが、さもしくケツは求めるが、すめらが行為主になる事は頑なに拒否します。「うどん」のもどき食品「そば」はほとんどの駅のホームで幅を利かせております。その応用「やきそば」も大人気です。「アルソック」や「イセタン」「ソロバン」もすめら様を置き去りしようとする呪詛です。「セゾンカード」などもそうです。この様に自分のケツを守ることにかけては非常に充実しております。私はセブン銀行や新生銀行などには期待しております。

 あと都合よく「お」をつけるというのもあります。「お財布ケータイ」「おさしみ」「おさけ」「おさむらい」「お先に」「おさらい」やらですね。「おやきとり」「おてんぷら」「おぶし」「お世界」などはいわないですね。時々「おビール」は聞きますが、チホキショは相当股間が萎縮するみたいです。そして都合よく漢字をあてはめます。「志す(ココロザす)」とか「修める(オサめる)」とかですね、別に「志む(たかのぞむ)」とか「修う(しまう)」でもいいわけです。「幸せ(シアワせ)」など「幸(さいわい)」だったはずです。
  しかし、この国においても「オアゾ」があったり「ラゾナ」があったり「朝日」があったり「麻生総理」が誕生したりします。一概にチホキショばかりとも言えないのかも知れません。まとめたら、チホキショは「すめらのケツは犯す(脳内)が自分のケツはさせない。」という存在だということになります。例外も多くはないがありますということになります。

すめら様のおしりを守る行為を罵る気色悪い造語「サボル」(「おこたる」の意)というの用語も気色悪い呪詛です。チホキショは「サビる」(「すさむ」の意)も好きです。「三振」(ストラックアウト)も気色悪いです。一方でチホキショはホモを侮辱します。しかし、チホキショほど気持ち悪い猟奇的でムッツリのホモもめずらしいです。しかも嘘つきで卑怯です。

・ニッポン呪詛 女神への集団レイプ

「そ」は男のおしりで「さ」はすめらのおしりでした。そして「おさ」や「よさ」は下々の者の神に対するレイプでした。 一方でチホキショの世界だと「ほ」は女性器を表します。「おほ」「よほ」で男とおなごの性交為を意味します。そして、「おは」「よは」で下々(しもじも)の者の女神への集団レイプを表現します。「おはようございます」は女神をレイプしさらに神もレイプするおそろしい呪詛です。なぜか「あにょんはせよ」に似ておることは触れないでおきます。「いらっしゃいませ」の後に「こんにちは、こんばんは」をつけなかったコンビニ店員も「いらっしゃいませおはようございます」は挨拶できるようになるのはこの為だったのです。ジェイアールのアナウンスも朝に「おはようございます」は女神への脳内レイプ目的だけで気色悪い声でアナウンスしますが、「こんにちは」「こんばんは」「おやすみなさい」は脳内レイプの要素が含まれてないという理由だけで放送しません。「横浜」もそういう経緯で命名されました。

・ニッポン呪詛「め」

「め」はチホキショの間だと、「顔射」を意味します。八鏡化美津文字で「め」の文字をみたら納得いかれることでしょう。これはおよそニッポン呪詛侮辱として用いられます。

「め」の前の音で顔射される対象が決まります。「め」の後ろの音で、誰が顔射したのかが明らかになります。「おめが」だとすめら様が「お」の顔にお出しされた意味になります。天地反転で「いましめ」「まじめ」などの表現があります。チホキショが何か悪いことをしたとき嬉々として「ご迷惑をおかけして云々」という文句を常套句とし、どこか平然としておるのは、これの意味するところが実は謝罪じゃなく、ニッポン呪詛侮辱だからです。だから、「めんどうなこと」という言い方だとチホキショにとって図星になり、そう言われたチホキショの顔はみるみる曇っていくでしょう。悪いことを反省し、静かになるのじゃなく、自分の落ち度をニッポン呪詛侮辱ですめらのせいにできなかったことに対してチホキショの顔は曇っていくのです。

あと「だめ」もチホキショの好きな言葉です。はじめは、すめら様への顔射を禁止した表現だったはずだけど、「だ」がすめら系音ということで、ニッポン呪詛侮辱として用いようとしておるみたいです。なので、チホキショが「だめ」の後にお系音「おこそとの・・」を持ってくることはありません。そうゆう訳で普段イラマチオ「よ」目的でオカマっぽいしゃべりをするチホキショも「だめ」を使用するときは急に男らしくなります。

【意味】   【チホキショしゃべり】
「いい」   「いいよ」(いいんだ じゃない)
「ここ」   「ここでしょ」(ここだ じゃない)
「早くして」 「早くしてよ」(はやくするんだ じゃない)
「だめ」   「だめだ」 (急に男らしくなる)

これは「だめ」のあとにお系音が来たら、おのすめら様に対する顔射がダメという本来の意味になり、チホキショには耐えられなくなるが故に起こる現象といえます。

・ニッポン呪詛「へ」

「へ」はニホン呪詛が通じる者の間だと、「は」「ほ」等の女性器を穢すという意味があります。だから、文字が通じる女子が男に対してニホン呪詛を唱えると、大体「へ」を用いた言葉で男に仕返しを受けます。

・ニッポン呪詛「け」「ね」

「け」は上に亀頭音「あ、お、え、む」や陰茎音「な、の、か、こ等」が あったら陰茎を意味しますが、「け」が初めに来たら、陰茎に何かを ぶっさすという意味が日本呪詛が通じる者の間だとあります。
「けがれ」、「けなす」などですね。

「ね」の意味は「け」と一緒です。前に文字があったら陰茎、 頭にきたら悪い意味です。
「ねくら」、「ねがえる」、「ねらう」やらです。

・「ゆ」の用例

「ゆ」は行為主を特定しないフェラチオです。次にくる文字で行為主が判明します。

また、「やゆよ」には前後に「ん」が来たら、ニッポン呪詛「ん」が無効になるという特性があります。この特性が用いられておる用語に「御社」「浣腸」「婚約」「あんよ」「三社」などが挙げられます。「しゃしゅしょ」「にゃにゅにょ」「じゃじゅじょ」「ぎゃぎゅぎょ」
やらみたいに、小文字の「やゆよ」を含んだ文字にもこのルールが通用します。

3.おしまいに

ニッポン呪詛がどういったもので、ニッポン呪詛を知る人々がどのやうな呪い方をしておるのかを書いてきたわけですが、それはあまりに卑猥で、さもしく、チホキショの一方的なものでした。しかし、この誰一人書かない事実を文章に起こせたことは、今後ニッポン呪詛の究明にかけての重大な切っ掛けになりえるでしょう。

ニッポン呪詛については大勢の呪術を成すものが、真相を頑なに閉ざそうとするという障がいが横たわっており、そのことでニッポン呪詛の研究は困難を極めます。この分野を開け放ち平らかにするには脳機能の分析との連携が期待されます。呪詛を知るものを被験者とし、会話や質問における脳の血流の変化や脳波を読み取るのです。幸い近年の脳科学の発展は目覚しく展望が期待できます。

付記 本稿は、「オカルト超常現象2ちゃんねる掲示板日本語の呪詛に見られる衆道の猟奇性とその実態2008/9〜2009/3」(http://unkar.jp/read/anchorage.2ch.net/occult/1220967146)における書込みをしたじに、加打・訂正を成したものです。公開に沿いまして返信・助言をば拝賜した方々に感謝申し上げます。

                                              (2009年10月11日)